» 「MMPI 新日本版の標準化研究」の紹介

MMPI新日本版の標準化研究

MMPI新日本版の標準化研究

「MMPI 新日本版の標準化研究」は,臨床の現場でMMPIを使うときにすぐに役立つ本ではないが,マニュアルに記載されていない基礎データや標準化の手順が詳しく述べられており,MMPI新日本版の基礎情報を知る上で重要な本である。特に第1章の「MMPI新日本版の構想と標準化」は,近年よく見られる項目反応理論を利用したテスト作成のような現代的なスマートさはないが,標準化の手本となるものである。国勢調査に基づくサンプルの収集の方法は改めてその重要さに気づかされる。2章の「基礎尺度の分析」に示される各尺度の得点分布図は,MMPIの各尺度を作成したHathawayとMcKinleyの論文にも示されており,各尺度の基本的な特性を知る上で重要なものである。近年,ともすれば統計ソフトの使用により,平均値や標準偏差などの要約統計量とそれに続く分析の結果の報告だけで十分であると考えがちであるが,この得点の分布図の提供は,データの性質を知る上で最も重要なものが何であるかを再確認させてくれるものである。

 

基本的な項目特性である項目是認率を提供した6章と社会的望ましさを測定した14章は,1章で述べられているように今回の改訂で,原版の項目との等価性を検討する上での重要な役割を果たしており,是非目を通しておくべき章である。近年の項目反応理論の観点から見ると,項目是認率は困難度パラメタに該当する。もう一つ重要なパラメタである識別力,すなわち因子分析における因子負荷量あるいは項目得点と尺度得点との相関に該当する指標は残念ながら提供されていないので,今後何かの形で提供されることが望まれる。また,このような基礎的な情報は今後ホームページで会員向けに情報提供できると,より基礎研究の促進になると考えられる。

8,9,11章に示される年齢要因や教育歴の尺度得点への影響や青年基準の作成は,MMPIのプロフィール解釈に役に立つものである。また,あまり研究例のない青年期以降のパーソナリティの発達的変化についても何かしらの知見を与えてくれている。10章は尺度レベルの因子分析の結果を報告しているが,ここでも成人と中学生の因子構造の比較がなされている。

3章はマニュアルには載っていないが比較的よく使われる追加尺度や基礎尺度をさらに分割した尺度などの基準が示されている。4章では妥当性尺度の布置の分類とそれらの出現頻度が示され,5章では2数字高点コードのパタンの出現頻度が示されている。7章は危機項目の概観と今回の標準化集団のデータの結果が示されている。これらの章は,臨床場面に役立つ情報が提供されている。

13章は基礎研究というより,コンピュータ化実施という今後の一つの方向を提案したものと考えればよいが,この本が出版されてから年月のたった現在ではコンピュータ化実施の方法そのものは古いものになってしまっているし,臨床の現場でこのような方法が実際に使われていることも寡聞にして知らない。しかし,項目反応理論を応用した適応型テストの作成の可能性は現在も検討すべきであると考えられる。

以上本書の簡単な紹介であるが,テスト開発の方法やその基礎情報の提供という点では本格的かつ手本となるものであるので,ぜひ一度手にとってもらいたい。また,ここで引用されている多くの文献は基礎的なものであり,本書が文献リストの提供の役割も果たしているといえる。

運営委員 鋤柄 増根(名古屋市立大学人文社会学部人間科学科 教授)


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